
現代社会における表現の多様化、そして学生たちの創作意欲に応えるため、芸工大の美術科 彫刻コースが「彫刻?キャラクター造形コース」として新たなスタートを切りました。従来の彫刻教育の枠組みを維持しつつ、キャラクター造形という領域を取り入れることで学びの内容はどう深く広くなっていくのか、指導教員である吉賀伸教授と酒井恒太専任講師にインタビュー。環境を活かした実践的学習や、ファインアートとデジタル技術の融合などについてお話を伺いました。
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個々の多様な表現欲求を引き出していく
――大きな変化として、これまでの「彫刻コース」というところに“キャラクター造形“というジャンルが加わりましたが、その概要を教えていただけますか?
吉賀:“キャラクター造形”と聞くと、いわゆるアニメのキャラクターといった二次創作的なものをイメージする人もいると思うんですが、そうではなくて、あくまでも彫刻で育まれる造形力と思考力をベースにしつつ、そこにアートの表現としてのキャラクターづくりを取り込むことでデザインやエンターテインメントといった新分野にも取り組んでいけるのではないかと考えています。そのため、これまでの伝統的な技法や手仕事に加えて3Dのデジタル技術も複合して学んでいけるようなカリキュラムを準備しているところです。

実際の授業としては、まず1年生で粘土を中心に造形感覚を養うことに加えて、学びの中に3Dを入れていこうかなと。酒井先生が3Dを複合的?実験的に研究されているので、その経験を活かしてもらいながら、自然物をデータサンプリングしてスキャニングし、デジタル上で造形していくみたいなことを1年生の前期のうちにやっていく。一方で、この大学の自然環境を活かし、粘土で自由に発散してつくる、感性を開放するための自由度の高い授業も1年生の最初に設けます。あとは底上げのため、観察による造形や少しキャラクター化したような抽象的な作品もつくりながら、最終的にはモデルさんを入れて人体の構造をしっかり学び、キャラクター造形に活かしていくという感じですね。
3D CADに関しては現在3年次に展開的な技術としてやっていますが、それを2年次の学びに取り入れて、石彫や木彫と並列のところにある彫刻の一つの技術として捉えていこうかと。いろんな技術を2年生のうちに全部学べるようにして、3年生からは自分の表現にどんどん打ち込めるようにする。そのためにも1年生のうちに感覚をちゃんと養って、しっかりベースをつくっていきたいと思っています。

――彫刻コース時代からの伝統的な授業もしっかり引き継ぎつつ、早い段階で3Dの技術を取り入れていくわけですね
吉賀:そうですね。代表的な授業の一つとして2年生の前期に行う石彫演習があるんですけど、これは上山市にある東北最大級の遊園地?リナワールドに作品を設置するというもので、ここ数年続けています。やはり遊園地なのでキャラクター的なものをつくりたいという学生にもすごく合うんですね。今は園内に40個くらい置いてある状態で、60個になったら入れ替えていくような契約を交わしています。一般の人に見てもらえる作品を公共の場に設置するというところで社会性が育まれるとても良い授業になっていますし、リナワールドさんとも良い関係を築けています。


リナワールドに設置している作品
さらに他の美大の彫刻にはない学びとしてCADの利点と金属の形状との相性の良さを合わせた斬新な授業も新たな試みとして展開していく予定です。金属は元々の形が板状だったり棒状だったりするんですけど、CADって寸法が正確に出るので、それをボタン一つで三面図に起こすことができるんですね。そうやってつくりたい形をシミュレーションした上で制作していくっていう。美大なのにパソコンから金属制作が始まるってまず考えられないと思いますよ(笑)。
もちろん、木彫の特徴的なイベントとして長年続けてきている「木こりワークショップ」も引き続き行っていきますし、そういった伝統的な技術もしっかり体験しながら、素材と対話しつつ作品をつくっていくことを大事にしていきたいと考えています。

3年生からは、展示などを行いながら自分の表現を実験していくという段階に入ります。彫刻であっても、キャラクター造形であっても、自分のつくりたいものを研究する必要があるので、教員とのディスカッションがより重要になってきます。つくりたいものの背景やコンセプトをしっかり固められるようになったら、あとは4年次での卒業制作に向けて邁進していくだけです。
――そういった学びのスタイルというのは芸工大ならではだったりするんでしょうか?
吉賀:もちろん他美大生の作品であってもいろんな素材や表現方法は見られますが、芸工大の学生の方がよりやりたいことにしっかり根付いているというか、表現したいことがはっきりしている感じがします。アートの枠組みの中だけで作品を考えるのではなく、ちゃんと学生自身のやりたいことから発展していると思いますし、酒井先生も学生の主体性を大事にしたいという思いがすごく強いですよね。
酒井:そうですね。自分の大学時代の経験からすると、みんな先生たちの作品に寄っていくというか、講評で褒められるために作品が似ていくんですけど、ここでは基本的に自分の世界観とか表現の自己探求といった主体性を大事にするよう指導しています。個々が目指しているものを教員が汲み取り、それに沿ったアドバイスをするというスタンスを取っているからこそ多様な表現が生まれていくのではないかと思います。

吉賀:やっぱり1年生の最初にかなり自由度の高い授業があることが大きくて、その授業でも「みんなには元々持っている独自の感覚?感性というものがある。もしかしたら“自分は経験がないから”とか“下手くそだから”と思っている人もいるかもしれないけど、それは全然重要じゃなくて、自分が本来持っている野性的な感覚をしっかり伸ばしていけばちゃんと表現に変えていけるよ」とよく言っています。大事なのは自分のやりたいことを思い切ってできるという安心感なんですよね。
――また、この芸工大のある山形という環境や校風についてはいかがでしょうか?
吉賀:まずこの自然環境が他の大学にはない魅力になっていますよね。学内でも一番自然に近い場所に実習施設があるコースなのでインスピレーションを受けやすいですし、やっぱり自分について集中して考えられる時間と場所、空間があるというのは大事だと思います。



彫刻?キャラクター造形コースの実習施設
さらに、彫刻?キャラクター造形コースは美術科に属しているので、発想についての授業や造形の基礎演習、そしてセルフプロデュース演習※1やその先にあるアートメディア演習※2など、美術科全体で一緒になって学べる授業がいろいろあって、考えが広がるというのもすごく魅力。シンプルに交流できるというのもあるし、“横断的”っていうのがこれからの時代のキーワードになるんじゃないかな。
※1 セルフプロデュース演習:PhotoshopやIllustratorを使ったDTPスキルを学び、ポートフォリオやWEBSITEを作成。自分自身の作品制作と活動の見せ方?伝え方をデザインする演習。
※2 アートメディア演習:3DCGやアニメーション、映像編集など、現代のアート表現を広げる先端的なメディアを選択して学ぶ演習。
酒井:あとは環境の良さもそうなんですけど、やっぱり学科?コースを超えて先生たちのパワーバランスがフラットなのも魅力だなと。絵画の学生が吉賀先生や自分のところに個人的に相談に来ることもあるし、逆に彫刻の学生が絵画の先生のところへ相談に行くこともあって、そういうふうに学生がいろんな先生の意見を聞ける、話を聞けるっていうのはすごくいいですよね。他の大学だったらおそらく同じコース内であっても、自分のゼミ以外の先生に話を聞きに行くのは結構遠慮しちゃうと思うので。だから、芸工大ならではのそういった文化というか風土みたいなところが学生の多様な表現を生み出すことにつながっているんじゃないかなと思っています。

手仕事とデジタルの融合により育まれる造形感覚
――ファインアートに3DやAIといったものを取り入れて表現していくことについてはどのように感じていらっしゃいますか?
吉賀:学生たちは本当に抵抗なくやってるよね。「美術をやってる人はそういうの苦手なんだろう」っていうふうに見るのはすごく大人の先入観だなって。学生たちは全くそうは思ってないし、むしろがっつりハードな制作をする方が抵抗あるかもしれない。とは言えタイプはいろいろですけどね。しっかり体を動かしたいって学生もいれば、もっと手軽にやりたいって学生もいますから。ただ、こういう時代だからこそ自分でつくることに価値を持っている学生が増えている気がします。
オープンキャンパスでポートフォリオを見せてくれる高校生に「どうして彫刻なの?」って聞くと、「やっぱりつくるのが好きだから」って話になったりするので。さらに今回キャラクター造形が加わったことで、より「趣味でやっていたことも学びにしていいんだ!」とか「いろんなことができそう!」ってイメージで見てもらえるようになったと感じています。
――酒井先生はご自身の作品にも3Dを使われているそうですね
酒井:はい。例えば蔵王の樹氷をサンプリングして、その形をデジタル上で少し加工して人の形っぽくフォルムを変えてみるとか、何かそういう素材とかメディアから「こういうものができたら面白いんじゃないかな」っていう感覚で制作しています。ただその中で自分が意識しているのは、デジタルだけで終わるのではなく、デジタルとアナログ両方を掛け合わせた表現を模索すること。なので現実のものをサンプリングして、それをデジタルに落とし込むことで不可逆性のものに可塑性を与えて造形に落とし込む、ということをしています。
今は3Dスキャナーもプリンターもソフトも安価になっていますし、精度もすごく上がっているので、デジタルはかなり身近な存在になっていると思うんですね。それをいわゆるアナログと言われているような造形とどうミックスしていけるか、そしてその掛け算でどんな表現を生み出していけるか、というところをこれからの立体造形では考えなくちゃいけない。なので学生にも両輪で考えてほしいという思いから1年生の時点で3DCGの授業を入れています。

吉賀:そうやってデジタル空間の中でものをつくっていくことも、一つの空間能力になると思うんですね。そこを他の美大の人たちより深く学べることがこのコースを卒業する“価値”になるはず。物事の捉え方がより立体的である分、将来企業に就職してCADを使った時に全然違う成果を出せたり、もっとプラスαの提案やプレゼンができたりするのではないかと考えています。
――また、企業で働きながら個人的に制作を続けている卒業生も多くいると聞きました
吉賀:そうなんです。それぞれが展覧会に出したり、個展を開いたりしています。その頻度や力の入れ方は人によっていろいろですけど、アートを手放さずにやっている人は数値的に高いんじゃないかな。もちろん作家一本で頑張っている卒業生もいますしね。だから違う分野の仕事に就いたからって美術を切り離す必要は全くなくて、でも自分の制作を続けるためには働いて生活をちゃんと安定させないといけないっていうところで、そこはメリハリですよね。
――ちなみに彫刻?キャラクター造形コースに向いていると思う人物像とは?
吉賀:基本はまず、ものをつくるのが好きな人。あとは体や手を動かすのが好きな人にもぜひ来てほしいですね。それから思いついたものを形にするのが好きな人や、自然が好きな人。虫とか動物が好きって学生、結構いるんですよ。ここはすごく自然が多いので、実際に生き物をモチーフに作品をつくることもできますしね。あとは彫刻とかキャラクター造形っていうものをあまり難しく考えないで、「子どもの頃にこういうのをつくるの好きだったな」っていう感覚をちょっとでも覚えている人に来てほしいかな。
酒井:あとはやっぱりファインアートに属するというところで、どちらかというとデザインとは逆のベクトルでスタートすることになるんですよね。行き着くところは中間距離になるとは思うんですが。なので「何かに対して応えたい」というよりは、「自分はこういうことをしたい」とか「こういうのが好き」みたいに主体的な意識が強い人ほどこのコースに向いてるんじゃないかと。
吉賀:そして声を大にして言いたいのが、美術部かどうかは関係ないということ。6割ぐらいは初心者ですからね。


学生の作品
――それでは受験生に向けてメッセージをお願いします
酒井:改めてになりますが、芸工大の彫刻?キャラクター造形コースではこれまで通り「彫刻をがっちり学びたい」という学生の学びを担保しつつ、新しくキャラクター造形という入口を広げることで「普段からイラストを描いたりキャラクターをデザインしたりしているけど、そういったものを実際に形にしてみたい」というアプローチの人もしっかり学べるようなカリキュラムにブラッシュアップしています。ぜひ安心して入ってきてほしいですね。
吉賀:高校生それぞれが個々に持っているであろう野性的な感覚、その人にしかない感覚っていうのをまずは僕らが発見してあげたい。ただそれを伸ばして武器に変えていくためには、その人に「つくることが好き」という原初的な欲求があることが大事。なので自信を持ってそこを見せてくれたらと思いますし、「人と関わりたい」と思っている人にももっと来てほしいかな。彫刻って一人でできないことが多い分、みんなと協力したり喜びを分かち合うことができるから、うちのコースの仲間やチーム間の雰囲気もすごく良いんですよね。
酒井:今年度からは、自分たちで「自治」して、 このコースの文化とか風土をつくっていけるように各学年や工房ごとにリーダーを立てていますしね。いわゆる既存のシステムに乗っかって学んでいくだけじゃなく、「自分たちでこのコースの環境文化をより良くしていきたい」という主体的なマインドを持っている人に来てもらえたら嬉しいです。
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ファインアートという“アナログ”なものと、3Dといった“デジタル”技術。自分と向き合いながら地道に行う“個人制作”と、仲間とともに喜びを分かち合う“協働作業”―。そういった本来なら対立的に捉えられがちな要素を融合することで、より豊かな表現の場が創出されていることを強く感じた今回のインタビュー。山形という自然豊かな環境の中で展開される伝統と革新を融合させた独自の教育スタイルは、今後の美術教育の新たなモデルケースとして注目されていくことになるかもしれません。
(撮影:法人企画広報課 取材:渡辺志織) 吉賀伸教授 プロフィール 酒井恒太専任講師 プロフィール 美術科 彫刻?キャラクター造形コースの詳細へ
東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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